料理、それは祈り

かっこつけたタイトルをつけたけど、「料理が下手なので毎回仕上がりに確信が持てず、美味しいと言ってくれ……と祈るような気持ちで作っている」というだけの話です。タイトルのニュアンスだと「誰かに喜んでほしい、料理はそんな祈りのもとに作られています」みたいな雰囲気ですけど、全然違う。「美味しいと言ってくれ……」には、喜んでほしいというよりか、傷つきたくない・悲しみたくないという気持ちの方が多分に含まれています。もちろん、喜んでくれる分にはうれしいですが、「うれしい」というよりか「ほっと胸を撫で下ろす」という感じの方が強いです。テストの採点を待ってるような気持ちですね。

 

何度か書いているけど、料理が下手です。下手とは言っても、「肉じゃがの隠し味にヨーグルトを入れる」とかそういう突拍子もないことをするわけではないので、せいぜい失敗しても「味が極端に濃い/薄い」程度で済んではいて、この下手さは恐らく経験値のなさに由来するものなのかなと思っています。ちょこっとだけカビた食材を使ってもいいか決めかねて15分くらい食材と見つめあったり、まだ野菜を切る予定があるのに肉を切ってしまってまな板を洗い直さなきゃいけなくなったり、そういう失敗(?)が多いです。あと単純に味見してもよくわからなかったり、味見しないで出して全然味がねえ!となったり……。学びがないですね。美味しくできても時間がえらくかかったりするので、段取りってものがよくわかってないんだと思います。

料理と掃除なら掃除の方が好きなんですけど、掃除に失敗はないのと、段取りがそんなにないからかなと思いました。洗濯も絡んできますが、掃除の段取りはせいぜい「掃除機かける→洗濯機回す→洗濯物畳む→洗濯物干す」くらいなもので、大体の定型があるのですが、料理は作るものによって変わってくるので、「あれとあれを作ろう」と思ってレシピも調べて食材も出して、いざやろう!と思った瞬間に食材の傷みを発見すると、悩むわけです。(食べれそうだけど、お腹壊したら困るし、でももったいないしレシピ考え直すの面倒……いやでも……)と。そこでレシピを考え直すことになると段取りも変化するわけですが、何度もレシピを見てシミュレーションしてたものがパーになるわけで、バグって目先の肉だけ切ってあとに切る野菜を忘れてしまったりするんですね。あと味噌汁作りながら炒め物して〜とか、どの順番でやれば最短距離で辿り着けるか、みたいなところの計算が苦手で、だから時間がかかってしまうんだと思います。これは普段の生活でも思うことです。

さっき「段取りが下手」と書きましたが、段取りが下手なんじゃなく、確実に「頭の中で考えておく」ということが苦手だからな気がします。記憶する限り、昔から何をするにしてもまず文字に起こして可視化しないとうまくできないんですね。今年のテストは割と計画を立てて勉強できましたが、それもテストの順番を番号付けして、やるべきことと共に早い順から並べて可視化したことがきっかけだと思うんです。思えば中学・高校時代での生徒会仕事でも、やることも考えることも疑問も全部リストにして文字に起こしていつでも思考の遍歴を目で確認できるようにしていました。かなり忘れっぽいので、今思ったことを3分後には忘れてるんだと思います。鳥頭か……。だから料理もノートにいちいち順序を計画してやればいいんでしょうね。食材も朝早い段階からチェックして、使えることを確認して……。それに掛ける時間も料理時間とみなしたら、計画立てずにモタモタ作ってても同じくらいの時間が掛かりそうですが……いや、でもメモ書き程度ならそんなにかからないかな。明日やってみようかと思います。

 

そんな感じでした。料理からまさか仕事みたいな話にまで発展するとは。数年後のわたしよ、物理的にメモをとってスケジュール管理することを忘れないでくれ……。料理できる人って仕事もできそうやなと思いました。ではまた。